『山月記』サポート篇③~袁傪と李徴の関係は?

 さて、虎になった李徴と、「おそらく最後に人間らしい会話」をしたと思われる、「袁傪」についてです。今回は、読者のみなさまへの問いかけの形で、筆を起こしたいと思います。

①袁傪と李徴は、もともとどのような関係だったと考えられますか?

②袁傪の今の立場は、どんなものでしょうか?

③袁傪の心情は?

 ①について、まず本文から引用します。

<袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少なかった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。>

 書かれている通り、李徴とは進士の合格同期生であり、李徴にとっては真意を明かすことのできる数少ない、というより、たぶん唯一の友人だったのでしょう。そのことは、袁傪にとって生命の危機であった、虎(実は李徴)に襲われた直後の彼の言葉と、虎(李徴)の行動からも、みてとれます。

<叢の中から人間の声で、「あぶないところだった。」と繰り返しつぶやくのが聞こえた。その声に袁傪は聞きおぼえがあった。驚懼のうちにも、彼はとっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」> 

 虎である李徴は、相手がかけがえのない友(袁傪)だからこそ身を翻して襲うのを止めたわけですし(その瞬間に人間の側に覚醒したのだとしても)、袁傪は虎に襲われて命を落としかけた驚きと恐怖の中で、旧友である李徴の声を聞き分けたわけですから。

 さて、次は②についてです。「監察御史」という唐代の役職がどれだけの地位であるか、ということは措いて、本文と教科書の脚注から類推できる範囲で、考えましょう。

 手元にある東京書籍版『精選現代文』(教科書番号030)では、脚注でこのように解説されています。<官名。中央・地方の官吏の不正取り締まりを行った。>

 また、本文中からは、出て来る順に、次のような記述が見出せます。

<供回りの多勢なのを恃み>
<彼は部下に命じて行列の進行をとどめ>
<袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞>
<袁傪は部下に命じ、筆を執って叢中の声にしたがって書きとらせた>
<袁傪は下吏に命じてこれを書きとらせた>
<(李徴の即興の詩中)君は已に軺に乗りて 気勢豪なり>
<彼ら(李徴の妻子)の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないように計らっていただけるならば>

 すなわち、あのプライドの高かった李徴が認め、祝福するだけの、供回り=部下がたくさんいる地位であり、傍目に見ても勢いが盛んであるということ=官吏として順調に出世して、かなり高い地位についているということです。そして、李徴が妻子の生活を助けてやって欲しいと願うことができるほど、経済的にも力があるのだと考えられるわけです。またこのことは、①の友人関係についても、きわめて親しい間柄であったことを、補足していると言えるでしょう。

③そして、袁傪の心情についてです。

 ①の二番目で引用した通り、彼は「虎に襲われた」驚きと恐怖の直後に、李徴の声を聞き分けます。
 また、李徴が「いかにも自分は隴西の李徴である。」と答えたあとは、こう書かれています。
<袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊を叙した。>
さらに、こうした記述もみられます。
<後で考えれば不思議だったが、その時、袁傪は、この超自然の怪異を、実に素直に受け入れて、少しも怪しもうとしなかった。>
<青年時代に親しかった者どうしの、あの隔てのない語調で、それらが語られた後・・・>

 こうした描写から読みとれることは、袁傪は、おそらく李徴と親しかったばかりでなく、李徴の才気に一目置くところがあったのではないでしょうか。また一方で、李徴の弱さやもろさをも、よく知っていたのではないでしょうか。李徴の即興の七言律詩の少し前に、こんな一文があります。
<(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖を思い出しながら、哀しく聞いていた。)>
 そして李徴が詩を詠じ終えると、このような反応が語られます。
<人々はもはや、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖を嘆じた。>
 「人々」とは袁傪とその部下の一行ですから、「嘆じ」ている、つまり嘆いているのは袁傪たちであり、その筆頭が袁傪であるのは、言うまでもないことでしょう。

 ここまでのところで、袁傪が、かつての俊才であり畏友であった李徴との奇異なる「再会」にどのような思いを抱いていたかは、わかると思います。短くまとめるならば、彼は、行方知れずであった李徴が虎となって生き延びていたことに驚き、その命があったことを喜びながらも、あまりにも不思議な、かつ李徴自身の性情からなる結果であった畜生(虎)への変身に、やり切れない、つらい思いを抱いたのではないでしょうか。李徴をよく知る袁傪ゆえに、その悲憤は、限りないものがあったことでしょう。

 妻子を助けて欲しいという李徴の願いに対しては、「袁傪は、欣んで李徴の意にそいたい旨を答え」ました。そしていよいよ別れの時、叢の中から(虎である李徴の)「堪えざるがごとき悲泣の声が洩れ」ると、袁傪もまた「幾たびか叢を振り返りながら、涙のうちに出発した」のです。

 袁傪を尺度にしてみると、袁傪の人となりとともに、李徴や作品全体についても、これまでとはすこし違ったものが、見えて来そうですね。では次回もう一度、作中に出て来る先ほどの七言律詩と、「詩人」李徴について、お話ししたいと思います。

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