『山月記』サポート篇④~李徴の「詩」について

 今回、今年のサポート篇のしめくくりとして、李徴の「詩」、すなわち作品中にあらわれる即興の詩の解釈(現代語訳)と、詩人たる李徴が「第一流の作品」を書くために、何をなすべきだったのかということを、詩歌にたずさわる身として自戒をこめながら、お話ししたいと思います。

 はじめに、李徴が袁傪を前に即興で詠じた詩(七言律詩)を、見てみましょう。

<原文と書き下し文>
 偶因狂疾成殊類   偶(たまたま)狂疾に因りて 殊類と成る
 災患相仍不可逃   災患相仍(よ)り 逃るべからず
 今日爪牙誰敢敵   今日爪牙(さうが) 誰(たれ)か敢(あ)へて敵せん
 当時声跡共相高   当時声跡 共に相高し
 我為異物蓬茅下   我は異物と為(な)る 蓬茅(ほうぼう)の下(もと)
 君已乗軺気勢豪   君は已(すで)に軺(えう)に乗りて 気勢豪なり
 此夕渓山対明月   此(こ)の夕べ 渓山 明月に対し
 不成長嘯但成嘷   長嘯(ちょうせう)を成さず 但(た)だ嘷(かう)を成すのみ

<現代語訳>
 自分は偶然、精神の疾患があったために、人間でない身となってしまった。
 生まれ持った特質と不幸な誘因が重なったためで、もはや逃れることはできない。
 今、虎である自分の爪と牙に、刃向うものは誰もいない(そんな「獣」の身だ)。
 ああ、あの頃、君と自分とは、ともに俊才の名声を勝ち得ていた。
 しかし我は異形の者となり、路傍の草むらに身を隠している。
 一方君は、すでに高い身分の証である車上にあって、勢い盛んだ。
 この宵、自分はこの深い谷山の上に光る名月に対しながら、
 もはや長嘯を為すこともなく、ただ獣の叫び声を上げるばかりだ。

(今回本文を引用した教科書の語釈に拠り、頷聯~第三句・第四句はあえて対句としておりません。対句の解釈で授業を受けられた方は、そちらの解釈を優先して下さい。)

 さて、読解本編で触れている内容にも関連しますが、袁傪が李徴の詩に、「このままでは、第一流の作品となるのには、どこか(非常に微妙な点において)欠けるところがあるのではないか」と感じたものが何であるのか、そのことを、詩歌の実作者の立場から、具体的にお話しします。

 詩の場合は同人誌なり何らかのグループ・集団、短歌・俳句なら結社という集まりが、存在します。多くの人はそこで作品を発表し、また互いに批評し合ったりするのです。日記のように自分一人でノートに書きためて、誰にも見せずに満足するなら、そうした集まりに参加する必要はありません。

 けれども、それでは「一人よがり」の域を出ることはできません。作品を発表する効用も含めて、かならずグループ・結社などの組織に所属するか、あるいは師に就く、まれには編集者の手を通すなど、そうした機関の評価の目をくぐることが、必要なのです。投稿、というのも、最近はとくに盛んですね。そして他者の批評にさらされることで、自分ひとりでは気づくことのなかった瑕(きず)や欠点、あるいは着眼点などを、知ることができます。場合によっては師匠や先輩、同輩から、手直しの示唆を受けることもあるでしょう。

 そのようにして、作品は磨かれ、練り上げられてゆくのです。もうおわかりでしょう。袁傪が李徴の詩を読み、何か欠けるものがあると感じたのは、まさにこの部分なのです。李徴の言葉を引用しましょう。

 「おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。ともに、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。己の珠にあらざることをおそれるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。」

 李徴の作品が「第一流の作品」となるためには、「進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりする」ことが、必要でした。しかし彼は、自分が優れた才能でないかも知れないことをおそれ(臆病な自尊心)、それをしませんでした。いっぽう、自分が優れていることを信じたいがために、ふつうの官吏として日々を送ることもできなかったのです(尊大な羞恥心)。

 李徴の「詩人」としての特殊性が、おわかりいただけたでしょうか。18日までに現代文のテストが終ってしまった方には、最後のこの稿が間に合わず、すみませんでした。これからテストに臨む方は、ぜひ良い結果となるよう、応援させていただきます。

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