高校生の現代文テスト対策 森鷗外『舞姫』②豊太郎の気質その2

 森鷗外『舞姫』の読解、「豊太郎の気質」第2回です。

 ベルリンの大学の自由な風の中で自分に目覚めた豊太郎ですが、その内面の変化のほかに、もう一つ、彼の境遇を変える外的な要因がありました。

 「日ごろ伯林(ベルリン)の留学生のうちにて、ある勢力ある一群れと余との間に、おもしろからぬ関係ありて、かの人々は余を猜疑し、またつひに余をざ讒誣(ざんぶ)するに至りぬ。」

(かねてより、日本からベルリンへの留学生の中で、ある勢いを持った一群と私との間に、よくない関係があって、その人たちは私にあらぬ疑いをかけ、とうとう私を告げ口で陥れようとするまでに至った。)

 その発端は、豊太郎が、彼らと一緒にビールを飲み、ビリヤードに興じるなどの仕事外の付き合いを一切しないのが気に入らないということで、しかもその理由として、豊太郎がいわゆる「堅物(かたぶつ=こちこちの石頭)」で、遊びに対する自制心が強いため、と曲解されていたのです。
 
 が、ここにこそ、「豊太郎の気質」の、もっとも根本的で重要なものが示されています。ふたたび原文から見て行きましょう。

 「我が心はかの合歓(ねむ)といふ木の葉に似て、物触(さや)れば縮みて避けんとす。我が心は処女(をとめ)に似たり。余が幼きころより長者の教へを守りて、学びの道をたどりしも、仕への道を歩みしも、みな勇気ありてよくしたるにあらず、耐忍勉強の力と見えしも、みな自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、ただ一筋にたどりしのみ。よそに心の乱れざりしは、外物(ぐわいぶつ)を棄てて顧みぬほどの勇気ありしにあらず、ただ外物に恐れて自ら我が手足を縛せしのみ。」

(私の心はあの合歓という木の葉に似ていて、ものが触れると、縮んで厄を避けようとする。私の心はまた、少女のようである。私が幼い頃から年長者の教えを守り、学問の道を進んだのも、役所勤めの道をまっすぐ歩んだのも、これすべて自ら進んでその道を選びとる勇気があってなし得たことではなく、苦しみに耐え学びに努める力があるように見られたのも、まず自分をごまかし、他人をも欺いたものであって、すべては人が敷いたレールの上を、だまってまっすぐ歩いたに過ぎない。勉強、仕事以外に心を動かすことがなかったのは、他のものには目もくれず捨て去るような勇気があってのことではなく、ただ他のものに惑わされるのがこわくて、自分で手足を縛っただけのことなのだ。)

 ではここで一度、豊太郎の「人物・気質」をかんたんにまとめておきましょう(本稿でここまで引用、紹介した部分だけでなく、全篇から読みとれるすべてのことからまとめたものです)。

 豊太郎はまれにみる秀才で、よく母の言いつけを守り、勉強して、役所勤めとなってからも上役の覚えめでたく、真面目で優秀な、堅物過ぎる能吏(優秀な役人)と見られていた。
 しかしそれは、豊太郎の持って生まれた本性によるものではない。
 豊太郎は、生来少女のような気質で、争いを避け、親や目上の人から言われたことに一切逆らわず、言われるままにエリートの道を歩いて来た。
 だから性分として、相手に強く望まれると、断れない。相手が「それが君のために一番良いことだから」と言って強く勧めることに抵抗できず、受け入れてしまう。
 
 

 これが豊太郎の気質なのです。もちろん、ベルリンの大学で自由を知り、自分に目覚めた豊太郎の本心は、それだけではなくなっているのですが、身にしみついた性分、気質というものは、重要な場面になるほど、かんたんに変わるものではないのでしょう。

 『舞姫』を勉強中で、これから豊太郎が友人の相沢や天方大臣との関係から、エリスを裏切るところへさしかかる方々、ぜひこの「豊太郎の気質」を押さえた上で、読んでみて下さい。もちろん、ひと通り終わっている方々も、このことから、豊太郎が大臣に日本行を了承したくだりをとらえ直すと、よりよく理解できるはずです。

 引きつづき、原文を基に読みこんで行きたいと思います。

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時 間 13:00~14:20 or 14:30~15:50 or 16:00~17:20
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参加費 500円(教材費として。消費税込) ★ただしこのページをプリントして持参された方は「クーポン」扱いとして無料!

内 容 「国語力.com」掲載の内容をさらに深めるほか、前日までに掲載していない内容を
    含めます。また、参加者の質問にお答えするほか、学校ごとの試験対策もします。
    部分訳にも対応します。学校対策ご希望の方は、関連資料をお持ち下さい。

持ち物 現代文教科書(『舞姫』掲載のもの)、学校の資料(必要な方)、筆記用具

※詳細は、メール・電話にて何なりとおたずね下さい。
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